7月15日 とりな しの祈り

とりなしの祈り

15日:パンさき集会がむなしい形式から救われ、真の賛美と礼拝に満ちるように祈る

わたしたちのパンさき集会は、形式的で、予測的できるものであり、すべてを含むキリストに対するわたしたちの経験の結果としてのわたしたちの賛美と礼拝に欠けています。それは、わたしたちがどこにいて、何が必要なのかを示す指標です。しかし、わたしは信じますが、わたしたちが主との生活において個人的にも団体的にも、わたしたちが必要なものを適切に理解するときに進歩します。そして同時に、手順を経て究極的に完成された三一の神がここにいて、驚くべき方法でこの必要を満たす準備ができており、わたしたちがかつていたことのない所へわたしたちをもたらしてくださることを認識します(申16:16、 ヨハネ4:23-24、Ⅰコリント14:26)。

[2021年7月訓練 メッセージ2 アウトラインより]

 

申命記 16:16

あなたの男子はみな一年に三度、パン種のないパンの祭り、七週の祭り、仮庵の祭りの時に、エホバ・あなたの神が選ばれた場所で、御前に出なければならない。エホバの御前には、空手で出てはならない.

 

ヨハネ4:23

しかし、真の礼拝者たちが、霊と真実の中で父を礼拝する時が来る.そしてそれは今である.父はそのように彼を礼拝する者を、捜し求めておられるからである。

 

ヨハネ4:24

神は霊であるから、彼を礼拝する者は、霊と真実の中で礼拝しなければならない」。

 

Ⅰコリント14:26

それでは兄弟たちよ、どうなのですか? あなたがたがいつも集まるときには、それぞれの人に詩歌があり、教えがあり、啓示があり、異言があり、解釈があります。すべての事を、建造のために行ないなさい。

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