24日: 召会生活が弱められないように、進んで自己を対処するように祈る

とりなしの祈り

召会生活が弱められているのは、進んで高き所を壊すことに欠けているからです。わたしたちの人生と文化において、壊される必要のある多くの場所が残されたままになっています。わたしたちはそれらをすべて壊し、次に神の選びの唯一の場所、すなわち召会に行かなければなりません。壊されるべきあらゆる場所に、奉献された石柱の像、木像、偶像があります。わたしたちの性格や個性には、壊されなければならないそのような石柱の像、木像、偶像があるかもしれません。召会の中にはキリスト以外に何もあり得ません。キリストがすべてであり、すべての中におられなければなりません(列王上15:14.22:43.ガラテヤ5:24.マタイ16:18)。

[2022年7月定期訓練 メッセージ11 アウトラインより]

 

列王上15:14

しかし、高き所は取り除かなかったが、アサの心は彼のすべての日々、エホバに対して完全であった。

 

列王上22:43

彼は父アサのすべての道を歩み、それからそれることなく、エホバの目に正しいことを行なった。しかし高き所は取り除かなかったので、民はなおも高き所で犠牲をささげ、香をたいていた。

 

ガラテヤ5:24

しかし、キリスト・イエスのものである人たちは、肉をその情と欲と共に十字架につけてしまったのです。

 

マタイ16:18

そこでわたしもあなたに言う.あなたはペテロである.わたしはこの岩の上に、わたしの召会を建てる.ハデス[陰府]の門も、それに勝つことはない。

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