25日: ソロモンの失敗を、霊的な命の光の下で見るように祈る

とりなしの祈り

わたしたちはソロモンの失敗を、霊的な命の光の下で見る必要があります。ソロモンは賢い人でしたが、霊的な人ではなく、有能な人でしたが、命の人ではありませんでした。神の与えられた賜物を通して、神の与えられた良き地に対するソロモンの享受は最高水準に達しました。しかしながら、彼は霊的な命の円熟の度量が小さく、制限されずに情欲にふけったために、神のエコノミーにおける良き地の享受から断ち切られました(Ⅰコリント2:14-15.3:1,3)。

[2022年7月定期訓練 メッセージ5 アウトラインより]

 

Ⅰコリント2:14

しかし魂の人は、神の霊の事柄を受け入れません.なぜなら、彼にとって、それは愚かであるからです.また彼は、それを知ることができません.それは、霊によって識別されるものだからです。

 

Ⅰコリント2:15

しかし霊の人は、すべての事柄を識別しますが、彼自身はだれにも識別されません。

 

Ⅰコリント3:1

兄弟たちよ、わたしはあなたがたに、霊の人に対するようには語ることができませんでした.むしろ肉の人に対するように、キリストにある幼子に対するように語りました。

 

Ⅰコリント3:3

それは、あなたがたがまだ肉的であるからです。あなたがたの間に、ねたみや争いがあるとすれば、それはあなたがたが肉的であって、人の方法にしたがって歩いているからではありませんか?

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