4日: クリスチャン生活の正しい標準にしたがって生きるように祈る

とりなしの祈り

クリスチャン生活の標準は、わたしたちの内側の内住するキリストの臨在です。それは、何が正しいか間違っているかの問題ではなく、わたしたちの内側の神聖な命が同意するかどうかの問題です。「それはあなたが命と平安を持っているかどうかの問題です。命を持つということは、あなたが主の臨在を持っているということです。あなたは内住するキリストの実際の存在を持っている必要があります。それがわたしたちと聖徒たちを支配するものです」(マタイ17:3,5,8.マラキ2:15-16)。

[2022年5月メモリアルデー特別集会 メッセージ1 アウトラインとノートより]

 

マタイ17:5

彼がまだ語っている間に、見よ、輝く雲が彼らを覆った.そして見よ、雲の中から声があって言った、「これはわたしの子、愛する者、わたしは彼を喜ぶ。彼に聞け!」。

 

マタイ17:8

彼らが目を上げると、イエスご自身のほか、だれも見えなかった。

 

マラキ2:15

しかし、彼は二人を一つに造られたのではないか? そして霊の残された者[レムナント]は彼のものである。なぜ一つであるのか? 彼は神の子孫を求められたのだ。あなたがたの霊に注意し、だれも自分の若い時の妻を裏切ってはならない。

 

マラキ2:16

「わたしは離婚を憎むからだ」とエホバ・イスラエルの神は言われる.「それを行なう者は乱暴に振る舞う」と万軍のエホバは言われる。あなたがたの霊に注意し、裏切ってはならない。

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