ですから、単に恵みそのものが何であるかを知るだけでは適切ではないと言えるでしょう。神の恵みを知るためには、それを神のエコノミーと関連付ける必要があります。神の恵みは神のエコノミーのためです。ですから、神の恵みを経験することは、単にわたしたち自身の利益やわたしたち自身の祝福のためではありません。この恵みは完全に神のエコノミーに関連しており、神のエコノミーのためのものです(ヨハネ1:14、16-17、エペソ2:7、啓22:21)。
[2022年2月国際華語特別集会 メッセージ1 ノートより]
ヨハネ1:14
そして言は肉体と成って、わたしたちの間に幕屋を張られた.それは恵みと実際に満ちていた。わたしたちは彼の栄光を見た.それは、父からのひとり子としての栄光であった。
ヨハネ1:16
わたしたちはみな、彼の豊満から、恵みの上にさらに恵みを受けた。
ヨハネ1:17
律法はモーセを通して与えられたが、恵みと実際はイエス・キリストを通して来たからである。
エペソ2:7
それは神が、キリスト・イエスの中で、わたしたちに対する慈愛の中の彼の恵みの卓越した豊富を、来たるべき時代において展覧するためでした。
啓22:21
主イエスの恵みが、すべての聖徒たちと共にあるように。アーメン。