ヨハネ14:1-3, 2節のノート1, 3, 3節のノート4
「あなたがたは心を騒がせてはならない。神の中へと信じ、またわたしの中へと信じなさい。わたしの父の家には多くの住まいがある。もしそうでなかったなら、わたしはあなたがたに話したであろう。あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。わたしが行って、あなたがたのために場所を用意したなら、再び来て、あなたがたをわたし自身に迎える。わたしがいる所に、あなたがたもいるようになるためである」。
「わたしの父の家」とは、神の住まいとしてのキリストのからだ、宮です。初めのうち、キリストのからだは、彼個人の体だけでした。しかし、彼の死と復活を通して、キリストのからだは増し加わって、彼の団体のからだとなりました。それは召会であって、彼の復活を通して再生されたすべての信者を含んでいます(Ⅰペテロ一・三)。キリストの復活の中で、召会はキリストのからだ、すなわち神の家(Ⅰテモテ三・十五、Ⅰペテロ二・五、ヘブル三・六)、神の住まい(エペソ二・二一―二二)、神の宮です(Ⅰコリント三・十六―十七)。
人なるイエスとしてのキリストは、死と復活を通して行き、人を神の中にもたらして、神の住まいを建造されます。これは召会の建造であり(マタイ十六・十八)、新エルサレムの建造とも関係があります(ヘブル十一・十、啓二一・二)。全宇宙で、神は唯一の建造を持たれます。それは、彼の贖われた民をもって、彼の生ける住まいを建造することです。
主は御父の中におられます(ヨハネ十四・十―十一)。彼は、彼の弟子たちも御父の中にいることを願われました。彼は死と復活を通して、彼の弟子たちをご自身の中にもたらされました。主が御父の中におられるのですから、彼らは主の中にいることによって、御父の中にもいます。ですから、彼のおられる所に、弟子たちもいるのです。
<抜粋>パンと魚