ローマ5:10, 10節のノート2, 3
「というのは、わたしたちが敵であった時に、御子の死を通して神に和解させられたからには、和解させられている今、彼の命の中で救われるのは、なおさらのことです」。
贖い、義認、和解は、キリストの死によってわたしたちの外側で達成されたものであって、客観的にわたしたちを贖います。聖別、造り変え、同形化は、キリストの命の働きによってわたしたちの内側で達成されたものであって、主観的にわたしたちを救います。客観的な贖いは、罪定めと永遠の滅びから、わたしたちを地位において贖います。主観的な救いは、わたしたちの古い人、自己、天然の命から、わたしたちを性質において救います。
キリストの死を通して神に和解させられるのは、すでに成就された事です。しかし、多くの否定的な事柄から栄光化されるまで神の命の中で救われるのは、日ごとの事です。
<抜粋>パンと魚