11月28日 日ごとのパン

dailyfood01 日ごとのパン

Ⅰテサロニケ5:8, 8節のノート1, 3

「しかし、わたしたちは昼の者なのですから、冷静でいて、信仰と愛の胸当を着け、救いの望みのかぶとをかぶりましょう」。

胸当てとかぶとは、いずれも霊的戦争を指しています。胸当ては信仰と愛の胸当てであって、わたしたちの心と霊を神の義にしたがって覆い、守ります(エペソ六・十四)。かぶとは救いの望みであり(十七節)、わたしたちの知性、思いを覆い、守ります。信仰と愛と望みは、テサロニケ人への第一の手紙第一章三節に描写されているように、真のクリスチャン生活の三つの基本的構造です。信仰は、心の一部分である意志(ローマ十・九)と、霊の一部分である良心(Ⅰテモテ一・十九)と関係があります。愛は、心の他の部分である感情(マタイ二二・三七)と関係があります。望みは、思いの機能である理解と関係があります。真のクリスチャン生活が維持されるためには、これらすべてが守られる必要があります。そのような生活は、目を覚まして冷静である生活です(Ⅰテサロニケ五・六―七)。この手紙の冒頭で、使徒は信者の信仰の働き、愛の労苦、望みの忍耐(一・三)を称賛しました。この手紙の結びのこの個所で、使徒が信者たちに戦うよう勧めたのは、これらの霊的美徳が覆われ、守られるためでした。
ここの救いは、主の死を通してもたらされる永遠の滅びからの救いではなく、主の再来を通してもたらされる来たるべき破滅(五・三)からの救いです。

<抜粋>パンと魚

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