へブル1:3, 3節のノート2, 5
「御子は神の栄光の輝きであり、神の本質の明確なかたちであって、彼の力ある言葉によって、万物を維持し担っておられます。そして、罪のきよめを成し終えてから、高き所の威光ある方の右に座られました」。
創造において、万物は言としての彼を通して成りました(ヨハネ一・一―三)。宇宙は神の言葉によって組み立てられました(ヘブル十一・三)。「主が仰せられると、そのようになり、命じられると、堅く立った」(詩三三・九)。救いにおいて、わたしたちは彼の言葉を通して救われます(ヨハネ五・二四、ローマ十・八、十七)。彼の権威が力を伴って行使されるのは、彼の言葉を通してです(マタイ八・八―九)。彼のいやしの力が実現されるのは、彼の言葉によってです(ヨハネ四・五〇―五一)。ヘブル人への手紙では、この所で、神は御子の中で語られ、御子は彼の言葉によって万物を維持し担っておられると言っています。それは完全に語りかけの事柄です。主が語られる時、すべてのものは秩序の中にあります。
ヘブル人への手紙は、すべての積極的な事柄が天的であるという概念をもって、わたしたちを天におられるキリストそのものに向かわせます。このキリストは、わたしたちの奉仕者(八・二)、わたしたちの大祭司(四・十四―十五、七・二六)として、今や天におられ、わたしたちに天的な命、恵み、権威、力を供給し、地上で天的な命を生きるよう、わたしたちを支えておられます。彼は今のキリスト、今日のキリスト、わたしたちの日ごとの救い、瞬間ごとの供給として、天の御座におられるキリストです。
<抜粋>パンと魚